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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1345号 判決 1956年10月05日

控訴人 三田寺鉄雄 外一名

被控訴人 田辺正夫

主文

原判決中被控訴人と控訴人両名との関係部分を次のように変更する。

被控訴人が控訴人三田寺鉄雄に対し東京都墨田区小梅町三丁目四番地の十宅地七十二坪四合二勺のうち別紙図面<省略>記載(ハ)(ト)(ニ)(ヘ)(ホ)の各点を結ぶ線内の実測約十八坪につき普通建物所有の目的で存続期間昭和三十七年十二月末日まで賃料一カ月金四円五十銭毎月末日払なる賃借権を有することを確認する。

被控訴人の控訴人三田寺鉄雄に対するその余の請求及び控訴人西田信雄に対する請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用中被控訴人と控訴人三田寺鉄雄との間に生じた部分は第一、二審とも控訴人三田寺鉄雄の負担とし、被控訴人と控訴人西田信雄との間に生じた部分は第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人西田信雄の各負担とする。

事実

控訴人両名代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、被控訴人の本件土地について賃借権を有する範囲を別紙図面のように訂正する、すなわち被控訴人の訴外益岡久雄(原審相被告)に対する賃借権の範囲は同図面(イ)(ロ)(ニ)(ト)(ハ)の各点を結ぶ線内の土地実測約五十四坪であり、控訴人三田寺鉄雄に対する賃借権の範囲は同図面(ハ)(ト)(ニ)(ヘ)(ホ)の各点を結ぶ線内の土地実測約十八坪である、本件各土地につきそれぞれ控訴人ら主張のような各売買による所有権移転登記のなされたことは認めるが各売買契約の存する事実は否認する、仮りに各契約成立したとしてもそれはいずれも本件原判決言渡後被控訴人の本訴請求を免れるために益岡久雄と有限会社本所製麺麹所、及び控訴人三田寺と鈴木正のそれぞれ当事者相通じてした虚偽の意思表示であつて無効である、仮りにそうでないとしても信託法第十一条に違反し無効である、仮りにそうでないとしてもそれらの権利取得は被控訴人の土地賃借権を侵害することを知つてなされた信義に反する行為であり、権利濫用として当然無効である、その余の控訴人らの主張事実中被控訴人従来の主張に反する点は否認すると述べ、控訴人ら代理人は被控訴人主張の借地権の範囲の訂正には異議はない、本件係争土地の範囲が被控訴人主張のとおりであることは争わないと述べ、控訴人西田信雄の主張として、本件土地上に控訴人西田は建物を所有しないことは従前主張のとおりであるが、仮りに被控訴人主張の建物が西田の所有に属するとしても右建物の存する土地全部は益岡久雄の所有であつたところ昭和二十八年十二月二十一日右益岡はこれを訴外有限会社本所製麺麹所に売却して所有権を譲渡し翌二十二日その旨所有権移転登記を経由したから、仮りに本件土地につき被控訴人が罹災当時から借地権を有していたとしても罹災都市借地借家臨時処理法第十条の期間経過後に土地所有権を取得した右訴外会社には対抗し得ない筋合であり、従つて控訴人西田に対して建物の収去土地明渡を求める請求は失当であると述べ、控訴人三田寺鉄雄の主張として控訴人三田寺は昭和二十九年一月本件土地を訴外鈴木正に売却して所有権を譲渡し同月八日その旨所有権移転登記手続を経由したから、もはや控訴人三田寺に対する請求は失当である、右売買が無効であるとの被控訴人の主張は否認する、仮りに右譲渡が否定せられるとしても、被控訴人が本件土地に罹災当時賃借権を有し建物を所有していたことは否認する、仮りに賃借権を有したとしても被控訴人は右賃借権を昭和二十四年ごろ放棄した、すなわち被控訴人は従前の地主日下泰雄との間で本件土地附近で、被控訴人の有した借地権につきしばしば交渉していたが昭和二十四年一月ごろ被控訴人は右日下から他の土地二百数十坪を時価の半額位の価格で譲渡を受け、その代わりに従来の借地権一切を放棄したのであると述べた。

以上のほか当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は原判決事実らんに記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

理由

被控訴人の控訴人三田寺鉄雄に対する請求について。

東京都墨田区小梅町三丁目四番地の十宅地七十二坪四合二勺がもと訴外日下泰雄の所有であつたことは控訴人三田寺の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。そして成立に争ない丁第一号証原審における証人田辺五郎松の証言により真正に成立したものと認めるべき甲第十号証の各記載に同証言をあわせれば右宅地はもと訴外日下達子の所有であつたところ被控訴人は昭和八年中同人から右宅地のうち別紙図面記載(ハ)(ト)(ニ)(ヘ)(ホ)の各点を結ぶ線内の土地実測約十八坪を普通建物所有の目的で賃料一カ月金四円五十銭毎月末日払の約で期間の定めなく賃借し、その地上に木造建物を所有していたところ、昭和二十年三月十日の空襲により右建物は罹災滅失したこと、その後昭和二十二年七月五日右宅地は相続により訴外日下泰雄の所有となつたことを認めることができ、右認定をくつがえすべきとくだんの証拠はない。次いで昭和二十三年四月八日控訴人三田寺において売買により右宅地の所有権を取得し同日その旨の登記をしたことは控訴人の明らかに争わないところである。従つて被控訴人は右羅災当時から右宅地実測約十八坪につき前記内容の賃借権を有したことが明らかであるから、罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法という)第十条にもとずき同条所定の期間内に右宅地の所有権を取得した控訴人三田寺に対し、その賃借権もしくは地上建物の登記なくして、右賃借権を対抗し得べきことは明らかである。もつとも右賃借権設定の日時は本件の証拠上昭和八年中ということを認め得るに止まり、被控訴人主張のように同年三月一日であることを認めるべきなんらの証拠もないから、その存続期間は昭和三十七年十二月末日までとするほかはない。

控訴人三田寺は、右土地はその後処理法第十条所定の期間後である昭和二十八年十二月十日同控訴人において訴外鈴木正に譲渡し昭和二十九年一月八日その旨の登記を経由したから、今日においては控訴人三田寺としては右賃借権の対抗を受ける理由はないと主張し、右登記の事実は被控訴人の認めるところであるが、成立に争ない甲第十五ないし第十七号証、当審における控訴人三田寺本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、鈴木正は同控訴人の妻の甥であるところ、控訴人三田寺は本件において原審敗訴の判決を受けた後右鈴木にその所有名義を移したのであるが、控訴人三田寺は依然右宅地上に自己の住宅及び工場を所有して引き続き宅地の使用を継続し、鈴本にはその引渡をしていないことが明らかであるから、右所有権の移転行為は当事者相通じてした虚偽の意思表示にもとずくものと推認すべく、右認定に反する右控訴人本人尋問の結果は信用できず、その他にこれをくつがえすべき的確な証拠はない。従つて右所有権移転は無効であり、この点に関する控訴人三田寺の右主張は採用し得ない。

控訴人三田寺は、被控訴人は右賃借権を昭和二十四年ごろ放棄したと主張するが、右甲第十号証によつて右賃借権放棄の事実を認めるに十分でなく、その他同控訴人の全立証によつてもこれを認めることはできない。

しからば控訴人三田寺において被控訴人の賃借権を争うこと自明である本件において、被控訴人が同控訴人との間に右賃借権の確認を求める本訴請求は、その存続期間につき右認定の限度とするほかこれを正当として認容すべきものであり、右限度を超える部分の請求は理由のないものとしてこれを棄却すべきである。

被控訴人の控訴人西田信雄に対する請求について。

被控訴人は、東京都墨田区小梅町三丁目四番地の九宅地百六十一坪一合二勺のうち別紙図面記載(イ)(ロ)(ニ)(ト)(ハ)の各点を結ぶ線内の土地実測約五十四坪につき昭和二十年三月十日戦災による地上建物滅失当時から引き続き賃借権を有するところ、控訴人西田信雄は右土地上に木造スレート葺平家建居宅兼作業場一棟建坪五十坪を所有して右土地を占拠するから、処理法第十条により右賃借権にもとずきその建物収去土地明渡を求めると主張する。右土地約五十四坪の地上に被控訴人主張の建物一棟が存在することは控訴人西田の明らかに争わないところであるが、右建物が控訴人西田の所有に属するとの事実については成立に争ない甲第九号証によればこれを肯認し得るもののようであるけれども、成立に争ない丙第一号証甲第十三号証、当審における控訴人西田信雄本人尋問の結果により真正に成立したものと認めるべき丙第三号証の一、二に右本人尋問の結果をあわせると、右建物は本件係争地附近にある他の建物三棟とともに訴外有限会社本所製麺麹所の所有に属するものであり、家屋台帳上は本件亜鉛葺平家建工場及び居宅一棟建坪三十七坪として同会社名義に登載せられているものに該当し、その実際の坪数は逐次増築の結果約八十坪となつておるものであるが、前記甲第九号証にみるように、控訴人西田の個人所有として家屋台帳上に登載せられているのは同一の建物に対して二重になされたものでその記載はあやまりであつて、右会社所有のもの以外には本件土地上に控訴人西田の所有建物は存しないことを認めることができる。原審における証人田辺五郎松の証言によつてはまだ右認定をくつがえすに足りずその他に被控訴人主張の建物が控訴人西田の所有に属することを認めるに足りる的確な証拠はない。しかのみならず被控訴人主張の本件宅地約五十四坪を含む小梅町西番地の九宅地百六十一坪一合二勺は処理法第十条の期間経過後である昭和二十八年十二月二十一日所有者益岡久雄から右有限会社本所製麺麹所に譲渡され翌二十二日その旨の登記がなされたことは成立に争ない丙第二号証の記載及び当審における控訴人西田本人尋問の結果により明らかである(登記の事実は当事者間に争ない)。そして右所有権移転を被控訴人主張のように無効とすべき事由はこれを認めるべき的確な証拠がないのみでなく、かえつて右控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人主張のような無効事由あるものに該当しないことをうかがい得るところである。従つて仮りに被控訴人主張の前記建物が前記甲第九号証に記載せられたとおり、控訴人西田の所有に属するとしても、被控訴人は同控訴人に対し処理法第十条を根拠としてはもはやその建物収去土地明渡を求め得ないものといわなければならない。すなわち右建物が控訴人西田の所有に属するとすれば、同控訴人は土地の前所有者益岡久雄から適法に右土地使用の権限を与えられていたものと推認すべきであり(民法第百八十八条。右推定をくつがえすべきとくだんの証拠はないのみでなく被控訴人も同控訴人の建物所有による土地の占有が土地所有者に対するなんらの権原にもとずかない不法なものとするではなく、同控訴人の占有は処理法第十条の期間内に取得した権利にもとずくものとするのであつて、被控訴人の従前有した賃借権は土地所有者益岡に対抗し得るとともに益岡から適法に土地使用の権利を取得した控訴人西田にも対抗し得るものとすることその主張自体から明らかである)、有限会社本所製麺麹所が土地所有権を取得した以後は控訴人西田は同会社から適法に土地使用の権原を与えられているものと推認すべきこと前同様である。しかるに被控訴人の本件賃借権は処理法第十条の期間経過後に土地所有権を取得した同会社に対しては、その賃借権又は地上建物の登記のない以上対抗し得ない筋合であり、右会社から右期間経過後に土地使用の権原を与えられている控訴人西田に対してもまた対抗し得ないものとなつたと解すべきである。控訴人西田の権原が土地の前所有者益岡との関係にもとずき、その関係を同会社が承継したが、あらたに同会社から与えられたかによりその結論を異にすべき理由はないのである。被控訴人としては前土地所有者益岡に対して債務不履行を追求する等別途の救済方法を考うべきであつて本件において直接控訴人西田に対し権利の実現をはかることはできない。よつて被控訴人の西田に対する本訴請求は他の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきものである。

よつて原判決を右の限度で変更すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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